符籍と風水、そして儒教の意外な関係
皆さん、こんにちは!龍虎山天師府の末裔、張天祈です。今日もスマホで新しい符のデザインを考えているんですが、なかなかピクセルが合わなくてイライラしてます😅。完璧主義って本当に疲れますよね。
さて、僕の専門といえば「符籍」と「風水」ですが、今日はそこに「儒教」という一見関係なさそうな要素を混ぜて、ちょっと深掘りしてみたいと思います。
僕らが使う霊符、つまり「符籍」は、単なる呪文や絵ではありません。あれは宇宙のエネルギーや神々の力を借りるためのインターフェースみたいなもの。道教の思想がベースにあるのは当然ですが、その根底には、実はもっと普遍的な考え方が流れているんです。
それは「調和」と「秩序」です。
風水も同じですよね。家や土地の気の流れを整え、自然とのバランスを取る。これも突き詰めれば、人間が住む環境における「秩序」を追求しているわけです。良い風水は、家族の健康や繁栄、心の安定をもたらします。乱れた空間では、良い霊符も力を発揮しにくいんですよ。
ここで「儒教」の登場です。儒教って聞くと、堅苦しい道徳とか礼儀作法を思い浮かべるかもしれませんが、その核心は「人間社会の秩序」なんです。親子の関係、君臣の関係、友人の関係。それぞれの役割と礼節を守ることで、社会全体が調和する、という考え方。
僕が思うに、道教の符籍や風水が目指す「自然界・宇宙の秩序」と、儒教が目指す「人間社会の秩序」は、実は表裏一体なんです。どちらも、乱れを嫌い、完璧な調和を求める。僕が18歳の時の大失敗で村を失って以来、完璧な「秩序」にこだわるようになったのも、この思想が深く根付いているからかもしれません。
例えば、家の中に符を貼る時、ただ貼るだけじゃダメで、その家の住人が家族間の礼儀や感謝を忘れていたら、符の効果は半減します。風水で良い気が流れていても、人間関係がギスギスしていたら意味がない。外側(風水・符籍)と内側(儒教的な倫理観)の両方から整えて初めて、真の幸福が訪れるんです。
結局のところ、僕らが扱う霊的な技術も、人間が幸せに生きるためのツールなんですね。まずは身の回りの秩序を整えること。それが最強の「符」になるかもしれませんよ😊✨。さあ、今日もスマホで完璧な五雷符を描くぞー!

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